大腿骨のチタンボルト除去手術

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181005_1030309月から左腿に出てきた痛みは、4年前の骨折の治療で埋め込んだチタンボルトが骨から露出した部分が周囲の組織を刺激している可能性が高いとのことで、チタンボルトを抜く手術をすることにした。

20181120_051920067_iOS一昨日から入院した病室からは右の金剛山と左の葛城山、そして間の水越峠がよく見えた。

あそこに戻すべく、手術への覚悟を決める。・・・水越峠は昨秋から通行止めのままだが(笑)。

入院初日は点滴も服薬もなく、疲れるような検査も無かったが、早くに寝落ちして8時間半も寝てしまった。意識していなかったが、ハードな出張が続いた元気に上れる脚を取りこの秋の疲れが溜まっていたのかも知れない。

20181120_215126320_iOS明けて昨日の朝は幸先の良い綺麗な朝日が葛城山から上がった、もう少し冬至が近付けば、水越峠から上る日もあるのかも知れない。

20181120_054303210_iOS朝から絶飲食で、11:30頃から手術着に着替え、点滴を打ちながら手術まで待機。入院時に昨日14時から手術の予定と知らされていたが、前の手術が順調に進んだようで、予定より早く12:15には手術室入りすることになった。

ベットに寝かせられて手術室まで運ばれると、天井ばかりが目に入るのが非日常を感じさせて緊張が高まってくる。麻酔を背中から腰椎に打つのは、脅されていたほど痛くない。道理で同じ処置をした4年前の印象がないはずだ。冷たい容器を当てて麻酔の効きを確認するが、なかなか効かないのは4年前も同じだったと思い出した。

部分麻酔なので意識があるまま手術が始まるが、それだけに患部は直接見えないように顔の前に衝立がさ、上半身を動かさないようにベルトで固定される。それでも、リアルタイムでX線(?)透過画像を確認するモニターが横にあり、それは観ることができる。メスらしきものがももに入っていっても、当然痛くはないが、ぐりぐりされている振動が伝わってくる。続いて棒状の器具が挿し入れられ、チタンボルトの先端に当てて回転させると中に入っていく。恐らくネジになっているのだろう。固定された器具を操作するとチタンボルトの先端から出ていた「返し」が引っ込み、器具を引っ張るとあっけなく1本目のボルトが抜けた。

2本めはちょっと手間取ったようで、なかなかボルトに器具がセットできない。もう一度メスを入れてボルト先端付近を再切開し、ようやく器具をセットしたが、「返し」がなかなか完全に引っ込まない。どうするのかと思ったら、カンカンと振動が伝わってきた。2本目は返しが出たままだったが、ショックを加えることで抜けていった。スライドハンマーだろうか?

後はモニターが消されて様子はわからなかったが、縫合作業をしていたのだろう。担当医に「きれいに抜けましたよ」と声を掛けてもらい、麻酔の効き具合(覚め具合?)の再確認やレントゲン撮影を行ってから手術室を出た。手術室を出た廊下には天窓があるのだが、手術前は青かった空が白くなっていた。

手術が早まったので開始に間に合わなかったヨメさんが、手術中に駆けつけて待機場所で待っていた。「曇ってきた?」と聞いたら、不思議そうな顔をしていた。

チタンボルトを埋め込むときに比べれば、電動ドリルの出番もなく、あっけなく手術は終わった。麻酔が覚めるまでの5~6時間は下半身が動かず、重りのようでツラかった。これは4年前と同様だ。

絶飲食が解かれ、夕食は寝たまま食べる病院食でも美味しく感じる。夜になって下半身も徐々に動くようになってきたが、麻酔が覚めると今度は傷跡が痛みだす。点滴やバイタルモニターを付けてもいるので、痛くない姿勢で寝るのが難しく、安眠はできなかった。

手術翌日の今朝は、雨がちのどんよりした空。夜中に微熱が出たりしたが、経過は問題ないようで無事に退院と歩行の許可が出た。手術後初めてベットから立ち上がると、やはり切開した傷跡が痛くてとてもスムーズには歩けない。それでも、日常の運動や食事は制限なく行って良いとの指示なので、多少の傷みは我慢して動かしていった方がよいのだろう。自転車通勤の許可はもらったが、出社する来週から問題なく走れるだろうか? 三連休の間に様子をみながら試してみよう。

経過が良ければ二週間ほどで競技レベルのトレーニングも再開して良いと言われている。少しでも早く回復するために、まずは充分な栄養摂取と、無理のない範囲で足を動かして血流を良くすることだろう。あとは医師と身体に相談しながら、徐々に強度を高めていくつもり。

回復具合は予想できないが、骨折してチタンボルトを埋め込んだ4年前は、事故後2ヶ月でノリクラに出場した。それを思えば2ヶ月程度で峠に上れるようにすることはできるだろう。ただ、今回はあの時ほどは必死で早期回復に取り組むモチベーションが無いし、その必要もないだろう。冬場に無理すると故障の元だし、ある程度時間をかけてじっくり取り組むつもりだ。

2月に開催される次回の堺市民マラソンは息子が受験生なこともあって出場できないので、私も諦めようと思っている。全て自力が基本のブルベも、来年早い時期の出場は恐らく難しいだろう。来年は300kmに挑戦したいと思っているが、少なくとも春先の300kmは見送ったほうが良さそうだ。

20181121_012021225_iOSノリクラまでにはかなり走れるようになるだろうが、タイム更新ができるところまでレベルを上げるためには例年にも増してトレーニングを重ねる必要がある。最近の仕事の忙しさでは、なかなか難しいだろう。

まあ、競技が難しければ、ツーリングで楽しめば良い。回復具合をみながら色々考えてみよう。

なお、今回手術した病院では病院内の撮影やブログ投稿が禁止されていた(4年前にはなかったが)。院内の様子がわかる画像はなく、文字主体になったがお許し頂きたい。


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コメント

  1. […] 11/21に大腿骨のチタンボルトの除去手術を行ってから11日間が経過した。 […]

  2. […] 左脚の大腿骨のチタンボルト除去手術から17日間が経過。手術直後でも脚の深いところ(ボルトを抜いた骨の付近)の痛みは感じなかったが、切開痕にはかなり痛みがあった。幸い、順調に […]

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