秋祭りの富田林街道ポタ

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気温が下がってきたせいか、左脚の痛みが再び強くなってきた。それでも、次第に痛みを上手く逃す身体の使い方が身に付けて、不意の痛みに顔を歪めることも減ってきた。自転車も少々の坂道なら右足主体で上れるようになってきた。手術予定の11月下旬まで展示会の連続する仕事のハードな時期が続くが、頑張って乗り切ろう。

さて、今日も近所のポタリングに出ることにした。何をネタにしようか考えていたが、SAKAI散走アンバサダー養成講座で堺市観光ボランティア協会理事長の川上浩氏から、「堺は長尾街道・竹内街道・西高野街道・熊野街道・紀州街道の五街道が通る交通の要衝であり、自転車なら富田林街道をも加えて良い」という話を聞いていた。五街道についてはこれまでも何度もネタにしてきたが、富田林街道は意識したことがなかった。そこで今日は富田林街道を辿ってみることにした。

181021_064808TORACLE-COZ(CARACLE-COZ試作フレーム)で自宅を6:30に出走。堺市中心部に向かって5kmほど走って、府道2号線(中央環状線)の向陵中町交差点にやってきた。

ネットで下調べしたが富田林街道についての情報はそれほど多くなく、日頃頼りにするWikipediaにも項目は無い。「街道歩き」にルート情報が挙げられていたので、これを元にルートを辿ることにした。

181021_064958向陵中町交差点には竹内街道の石標が建てられている。府道2号線と府道35号線に挟まれた竹内街道を数十メートル辿った最初のY字路で、富田林街道に枝分かれする。画像の右が富田林街道、左が竹内街道だ。

181021_065254ほどなく、向陵東町交差点のひとつ東の交差点で、府道35号線に合流する。

しばらくはほぼ府道を辿るが、しばしば富田林街道である旧道に分岐してまた戻ってくる。普段交通量が多い道なので、早朝でなければ旧道を辿るのは苦労しただろう。朝早く動いて正解だった。

181021_065718GPSデータは勝手に修正されてしまったが、ダイキンの工場付近では府道の南側の小川沿いを走った。旧街道の跡が新しい遊歩道に整備されていたが、富田林街道を示すような痕跡は見当たらない。

181021_070118府道と旧道を行き来しながら進んでいく。金田新田交差点のひとつ東の交差点は、通勤でも時々気分転換で通るルートだが、ここの地蔵堂も富田林街道に在るものだったのだ。

毎日の通勤ルートと初芝駅手前で交差。勝手知ったる道が旧街道と交差していたことを認識すると、ちょっと違った風景に見える。

181021_070746旧道に入ってもなかなか旧街道らしい風景がなかったが、初芝駅付近の旧道で趣のある旧家に立つクスノキの巨木。堺市の指定木になっていた。

181021_070948今までも違和感を感じていたが、日置荘西町会館に面した前池にはパンダなど動物のオブジェが水面上に設置されている。池に浮かぶ島には祠があり、溜池の守り神だろうか?

池の周囲に萩原神社ののぼりが立ち並んでいたので、寄ってみることにした。

181021_071208堺日置荘郵便局を過ぎた交差点にあった道標は、「右 いせ大峰山」「左 ならふじゐ寺」と記されている。

181021_071222裏には「天保八年」と刻まれていたが、この道標はどう見ても新しすぎる。

復刻再現されたものだろうか、と思っていたら先程も触れた街道歩きに載っている画像はもっと時代を経た容貌だった。恐らく、何らかの理由でつい最近入れ替えられたおだろう。

181021_071452府道を離れ、日置荘小学校の向かいの池にはやはり朱塗りの橋を掛けた小島に祠。農業にとって重要な溜池の無事を祈る気持ちが強いのだろう。

181021_071926萩原天神駅付近で海道を外れ、踏切を渡って萩原神社に寄り道。

駅名になっているので以前から存在は認知していたが、お参りするのは初めて。天神菅原道真公を奉るとあって学業成就はもちろんだろうが、神事としての泣き相撲で有名とのこと。

181021_072316早朝から氏子の方々が集まって境内を清掃しており、地元の信仰が厚いことが伺えた。

181021_073818富田林街道に戻り、先に進む。しばらく府道35号線を離れたが、余部付近でまた府道に戻る。舟渡池付近は一時的に府道を離れるが、遠く大和葛城山と金剛山が拝めた。

富田林街道は、2つの山の間の水越峠を越えていく。もっとも、今日は峠を登るのは無理だ。脚の痛みもあるが、そもそも旧道の峠は水害で長らく通行止めのままだ。

181021_074418舟渡東交差点から旧道に分岐し、地蔵堂の前を通りかかった。そろそろ街中の住宅地から、郊外の古い集落の風情が漂うようになってきた。

181021_074612平尾交差点で府道を一瞬かすめてまた旧道に入る。このお堂の前を右折するルートは、普段から奈良方面に向かう際によく通るルート。

旧街道らしい雰囲気を感じてはいたが、富田林街道の一部とは知らなかった。

181021_074748181021_074738普段はさつき野方面に左折するY字路にあった道標。東を向いた面には「南 金剛山」「東 いせ」、南側の面には「右 さかい」「左 ふく町」と記載されているようだ。「ふく町」とはどこを指すのだろうか?

181021_075848今日は右折して南に進むと、また府道に合流する。少し傾斜のある坂道が続いたが、低いギア比でカラカラ回せば脚の痛みもなく上っていける。無事に富田林市に入り、PL教団の本部のある丘の上まで到達。奥に見えるのは通称「PLの塔」、正式名称は「大平和記念塔」。

181021_080634富田林市駅近くに下り、線路を超えた常盤町交差点で向こうからやってくる地車に遭遇。

期待はしていたが、先週に続き地車祭りを拝めた。富田林寺内町では今週末が地車祭りらしい。この辺りも陶器地区(堺市東南部、大阪狭山市)と似て、スピーカー付きの地車を曳き唄を唄いながら巡行している。


地車を見送ってから、他の町内の地車を探すことも考えたが、今日は富田林街道を辿るのが主目的なので、先に進むことにした。

181021_081148富田林寺内町に入っていくが、今日はウロウロせずほぼ素通り。寺内町についてはこれまでも度々取り上げてきたので、詳細は割愛するが交通の要衝にあり独立自治都市として栄えた富田林の旧市街地は今も往時の面影を残した家屋や史跡が多数残っている。

181021_081312今日は少し肌寒いがきれいな青空で、豪奢な屋根飾りが映えている。

河岸段丘の上にあった富田林の街は天然の要害で、入り口も数箇所しかなかったとのこと。

181021_081600今は車道がすぐ脇にあるが、往時はこの階段が出入り口のひとつだったのだろう。

スロープが設けられてはいるが、自転車に乗ってスロープを走行することを禁止する看板が立っており、押し歩きで下る。

181021_081750降りてすぐにあった新道町太子堂も歴史的な遺産かと思ったが、お堂自体は明治以降のものらしい。安置されている仏像はそれより古いもののようだが、説明書きの記述が曖昧で、どうやら確かな由来を示す記録がないようだ。

181021_082000金剛大橋で石川を渡る。

橋の下の南河内サイクルラインを次々と自転車が通過していく。今日は気持ちのいい自転車日和だろう。

181021_082608府道705号線と交差を繰り返す旧道を進んでいくと、祭り装束の子供を見かけた。この辺りでもどこかで祭りをやっているのだろう。

この祠の辺りで地車囃子が聞こえてきたので、音の方向へ進んでみた。

181021_082744大友小学校の北側の広場に人が集まっており、4台の地車が集まっていた。

地車を前後に動かし、時に地車の前後を持ち上げながら、曳き唄を吟じている。唄い手は若者だったが、これが歳に似合わず見事な歌声と節回し。

181021_082754この地域でも、色とりどりに髪を飾った女の子たちが、地車の前で踊っている。


181021_082950やがて菓子撒きが始まった。地車上から放り投げられる菓子を、子どもたち(と一部の大人)が喜んで受け取っている。


181021_083740しばらく見物してから、さらに先に進んだ。府道705号線に外れたり戻ったりしながら富田林街道は南下していき、道は少しずつ上りだした。近辺はのぼりや提灯が立ち並び、祭りの風情が続く。

181021_084452狭い旧道を進んでいると、神山交差点付近で地車囃子が聞こえてきた。音の方に向かうとまた地車と出会えた。

こちらも曳き唄を歌っているが、唄い手は小学生だろう。さすがに歌いっぷりは可愛らしいものだったが、自動車ショー歌の節でこの地区の男の心意気を歌った内容のようだった。実のところ、ほとんどの曳き唄はスピーカーで歪んで歌詞が聞き取れない。一部でも内容がわかったのは小学生が抑え気味に歌ったからだろう。


181021_084916神山交差点で府道と交差する地点に在る馬場地蔵。祭りの本部にもなっているようで地域の方が詰めていたが、写真を撮っていたら、声を掛けられた。「祭りなんで、飲み物でもどうです?」と薦められたが、さすがに申し訳ないので遠慮した。聞くとその方も若い頃に自転車に乗っていたそうで、琵琶湖一周の話などで盛り上がった。

橋を渡って、千早川の反対側を南下していく。そろそろ傾斜が増してきて、右脚主体のペダリングでは厳しくなってきた。現在は対岸を走る国道309号線(府道705号線と重用)が主要路だが、こちらの方が旧い家が立ち並んでおり、往時は富田林街道であるこちらがメインストリートだったわけだ。

181021_091028森屋交差点のひとつ上、地蔵の祠のある交差点で国道309号線に合流。ここからは富田林街道は通い慣れた水越峠へ向かう。旧道の入り口までは上れるが、ここからはさらに傾斜を増した峠道になるので、富田林街道を辿るポタリングはここまでにした。

この辺りでも祭り装束の人たちを見かけたので、帰りがけの駄賃に地車を拝めないかと思ったが、かすかに聞こえる地車囃子の方向がわからず、出会うことはできなかった。

西楽寺前交差点から府道202号線に入って近道をしようと思ったが、普段は平気で乗り越えている坂道が厳しく、上り始めてすぐ国道309号線に引き返した。

国道309号線を進むと自転車通行禁止のトンネルを迂回するのに急坂を上らされるので、道の駅かなんに寄ってその脇から間道に入り、低い峠をひとつ乗り越えて中佐備交差点手前で府道202号線に合流。心配していた滝谷不動のある峠はローギアで回せばさほど苦労なく越えられた。府道38号線を経て西高野街道に入り、帰路も旧街道を通って帰宅したのは10:30すぎ。先週よりはだいぶ距離を伸ばすことができた。

旧街道を辿るポタリングに、地車祭りを絡められたのは収穫だった。満足にトレーニングライドができない状況はもどかしいが、それならそれでこんな楽しみ方があるのが自転車の良さ。堺市外に飛び出したのでSAKAI散走とは言えないが、こんな南大阪散走もよいだろう。

 

■コースマップ

181021 秋祭りの富田林街道ポタ – ルートラボ – LatLongLab

 

■#relive

relive181021
Relive ‘秋祭りの富田林街道ポタ’

 

■本日の走行記録(自転車)

cyclemeter181021CyclemeterGPSの記録
 スタート: 2018/10/21 6:29:39
 自転車完了: 2018/10/21 10:35:14
 バイクタイム: 2:00:11
 停止時間: 2:05:16
 距離: 45.48 km
 平均スピード: 時速 22.70 km/h
 登り: 205 m
 カロリー: 957 kcal
 平均心拍数: 106 bpm
 最大心拍数: 151 bpm
 平均ペダルペース:  63 rpm
 最高ペダルペース: 125 rpm
 今月の走行距離:  489 km
 今年の走行距離: 6762 km
 先月の走行距離:  373 km
 昨年の走行距離: 8853 km


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コメント

  1. […] 先週の富田林街道に続いて二週連続の旧街道を巡りだが、こちらは案内板に記載されていただけでも多数の歴史的遺構が散在している。 […]

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