SAKAI散走アンバサダー養成講座

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本日はSAKAI散走アンバサダー養成講座が開かれた。「散走」とは募集パンフレットによれば下記の通り。

「自転車で走ること」が目的ではなく、「自転車を活用して」散歩するように、ゆっくりと自転車で巡り、「歴史や文化」に触れたり、「食」を楽しんだりする自転車を活用した新しい楽しみ方です。

シマノのOVEが提唱した「散走」活動は、各地で自治体を巻き込んで普及しつつある。堺においても市役所職員や地元の商業団体、自転車店などが牽引役となって散走が広まりつつあるが、今回はその普及を担う散走アンバサダーを養成する講座で、受講すれば修了証が得られる。散走アンバサダーは下記のように記されている。

自転車の楽しみのひとつである『散走』を通じて堺の魅力発信、及び自転車の安全利用の普及を行う人

午後には散走体験も行う予定なので、自転車に乗るが終了後には懇親会も開かれる。CARACLEシリーズなら飲酒後は折りたたんで公共交通機関で帰宅すればよいのだが、今は脚に痛みが出ているので持ち運びが厳しい。アルコールを入れずに自走で帰るか、それともさかいコミュニティサイクルを借りるか当日まで悩んだが、朝に結構な雨が降り出し、否応なしに自走参加はできなくなった。

折しも自宅近辺ではだんじり祭の真っ最中で、乗ろうと思ったバスが運休。慌てて電車で市役所のある堺東に向かうことにしたが、脚が痛むので走ることもできない。身体が万全でないと、何かと不自由だ。

181006_094502堺東に付く頃には天気は回復し、以降雨が降ることはなかった。開催までには間に合う時間に会場の堺市役所の地下会議室にたどり着いた。

181006_094550机には自転車の安全走行についての資料や、堺市自転車地図、その他散走や堺市、自転車関係の資料が置かれていた。

10時より午前の部開催。3人の講師の講義を受ける。

181006_100716お一人目はシマノ企画部文化推進室部長神保正彦氏。テーマは「散走について」。神保氏自身も関わって「自転車で行う散歩」として、青山のシマノの情報発信スペースOVEで始まった散走の提唱は、「自転車で走ることを目的にする」「速く走る」というそれまでのスポーツ自転車の使用方法の限界を打破するために始まったとのこと。

歩くより速く楽に移動でき、鉄道や車では見えにくいスポットを辿れる自転車の特性を活かして楽しむ「遊び」であり、歴史、グルメ、景色、イベント等々、楽しみ方は人それぞれ、とのこと。飛ばしているときには見えないものが見える、体育会系ではない文化系イベントと語られている。

感動、サプライズ、WOW・・・をもたらす散走だが、堺はランドマークの宝庫であり、散走に最適の地であるとの言及もあった。

181006_102546お二人目は堺自転車のまちづくり・市民の会の副代表三船義博氏。散走を行う上で重要な、「自転車ルール・マナーについて」の講義。

181006_103034(1)自転車は車の仲間
(2)自転車安全利用五則
・車道走行が原則
・車道は左側通行
・歩道は歩行者優先
・安全ルールを守る
181006_103206・ヘルメット着用(子供は全国で義務付け、堺では大人も条例で義務付け)

181006_103642といった、基本的な自転車の法律的な義務や、堺市内の交差点の画像を用いた実例を紹介。面白かったのは法律通り走行しても危険な箇所は「通らない」という選択肢を示していたこと。

181006_105014また集団走行で安全にスムースに移動するための手信号や、千鳥配置、信号で止まった際には車間を詰めて一団になることなど、実践的なテクニックの紹介もあった。

181006_1058523人目の講師は堺市観光ボランティア協会理事長の川上浩氏。「堺の魅力について」講義してくれた。

181006_105908初っ端から、遠藤周作が「鉄の首枷・小西行長伝」で記した堺についての記述「旅人には旅愁も興味も与えず歩き回ろうという気分さえ起こさないまち」や、司馬遼太郎が「街道を行く・堺紀州街道の巻」で記した「僅かなものを凝視して、よほど大きい想像力を働かせなければ、当時の栄華をしのぶことは困難なまち」というコメントを紹介され、参加者はみな失笑。二度の戦災(大阪夏の陣、太平洋戦争)で市街地が灰燼に帰し、京都、奈良のように旧跡が多数現存しているわけでないという事情は確かにある。

また、堺は自転車が地場産業だが、自転車で走りやすいまちとは言えず、市民の乗車マナーも褒められたものではないという辛口コメントもあった。堺を訪れた人に「堺は自転車のまち」と誇れる状態ではない、ということだ。

関西らしいというか、一旦落としておいてここから全開の堺自慢が始まる。

堺は古代から現代まで5つの時代の全てに現れるまちで、これは他に奈良だけという「つかみ」から入り、長尾街道・竹内街道・西高野街道・熊野街道・紀州街道の五街道が通る交通の要衝であり、千利休・与謝野晶子・行基という歴史上の偉人の出身地であり、明治23年に日本で初めて市制化されたのは堺をはじめ全国で5都市だけだった、という鉄板の堺解説が始まった。ただ紋切り型ではなく、自転車なら五街道に富田林街道も加えても良い、といった臨機応変のコメントができる知識の幅と深さに徐々に引き込まれる。

メインになったのは、よく言われる「ものの始まりなんでも堺」の解説。正直なところ、これまでは無理やりこじつけた小ネタばかりと思っていた。まあ、事実そうだとも言えるが、川上さんの話芸にかかると堺というまちが黄金色に輝き出す。自身でも語られていたが、「印象に残るつなげ方」で数々の話題をどんどんつなげていき、しかも脱線しすぎずに、尺を計算してちゃんと本論に戻ってくる。これはすごかった。

181006_111134「線香」の話題で言えば、香を棒状に固めたのは堺が日本で最初。ここに、線香がだんだん短くなってきているのは線香は時計代わりで、お坊さんが短い時間で法事を済ませて同じ謝礼をせしめるため。

181006_111500お坊さんが長生きするのは漢方薬の材料で作られた線香の煙を吸っているから、といった余談を組み合わせていく。一休が線香の効用を歌にしたものが残っており。一説には一休が線香を作らせたとも言われている(小西行長とも)。一休は堺に想い人がいて頻繁に通っていたという話も。

「銀座」も堺が最初。1601年に銀貨を作る鋳造所が堺に作られ、それを徳川家康が各所に広めた。今は一番有名な東京の銀座の柳は堺のもので、これがなければ柳を歌った「ギンコイ(銀座の恋の物語)」は生まれなかった、と話が広がっていく。

181006_112104「水練学校」の話が面白い。スイミングスクールの元祖といえる水練学校が明治39年に堺に作られ、どんなカナヅチでも3日で泳げるという触れ込みだったとのこと。ここで教えたのは近代泳法ではなく、水底に潜ってまた浮いてくる踊りのような能島流泳法。

181006_112132これに音楽を組み合わせたのがシンクロナイズドスイミング。という流れに持っていき、堺出身の井村雅代がシンクロ日本チームをメダルに導いたという話にふくらませる。先程の銀座もそうだが、歴史上の逸話を現在の身近な話題につなげていく、これはすごい話芸だ。

181006_112214「公立公園」は明治6年に浜寺公園が設けられたのが最初だが、当時の堺県令税所篤は最初、松を伐採して住宅地にしようとした。

181006_112220NHKの連続テレビ小説「あさが来た」でも活躍した五代友厚がそれに反対し、内務大臣大久保利通を現地に案内。

181006_112310利通が風光明媚の土地が失われることを惜しむ歌を詠い、開発を断念させたという逸話があるそうだ。その後公立公園として整備された浜寺公園を、五代は素晴らしい県令のおかげと讃えたそうだ。気遣いの人だったことが伺えるエピソードだ。

181006_112532その税所篤が堺県令時代に整備した他の公園のひとつが奈良公園。なぜ堺県令が奈良公園を? と不思議に思われる方が多いと思うが、当時の堺県は現在の大阪府南部と奈良県全域を管轄する巨大な県だった。堺市役所に隼が住み着いたことが話題になっているが、実はその餌場が奈良公園で、わずか18分で堺から飛んでいく、という風にこちらもどんどんとエピソードがつながっていく。

関西の自転車乗りがよく訪れる、大和郡山の「金魚」も実は堺がルーツ。「三味線」「国道(官道)」「電車(私鉄)」と、まだまだ面白い話は続いたが、キリがないので詳細は割愛する。

とにかく川上さんのお話を聞いていると、いつの間にか最初の自虐的評価がどこかに消え去り、最後に述べられた「堺の歴史なくして日本の歴史は語れない」という言葉が得心できるようになってくる。

1時間近い講義だったが、時間を感じさせない面白い話しをたくさん伺った。私も堺を紹介する時に、大いに参考にさせてもらおう。

181006_114900午前の部(講義)を終えて、修了証のブルーカードを受領。これでSAKAI散走の普及に務めるアンバサダーとして基本的な知識を備えたと認定してもらえたわけだ。

181006_131044昼休みを挟んで、ほとんどの参加者は引き続き、午後の部(実習)に参加。

まずは「散走コース作り」。6~7人のグループに分かれて、各テーマごとにリーダーが準備していた素材を組み合わせてコースを作っていく。私の班のテーマは堺の寺社と洋菓子。

堺の旧市街(環濠)の中なので、移動距離は知れているが、それでも自転車で集団が安全に走行できるコースづくりは意外と難しい。一部の大通りは交通量が多くて風情がないし、裏通りは大通りを渡る際に信号が無いことがある。境の道を熟知しているか、下見をしていないと、地図だけでは安全なコースはわからない。私も知っている道の状況を思い出しながら、意見を出した。

181006_131040他の班も、古墳めぐりや和菓子などのテーマでコースプランニングを進めていく。

181006_133608コースを作ったら、「散走体験」。自分の自転車を持参している参加者もいたが、私を含めて多くの方はさかいコミュニティサイクルを借りて市役所を出走した。

181006_134656市役所から少し西進すると大小路橋交差点だが、ここは安全に渡るのが難しいのでひとつ南側の信号を渡る。開口神社の手前で左折して南下していく。ここは自転車レーンが整備された走りやすいルート。

181006_135424ひとつめの立ち寄り地、南宗寺に到着。昨年、娘と訪れたことがあるが、ここは私としてもお薦めのポイントだ。

境内の写真撮影が禁止されているので写真はないが、グループごとにガイドが付いて解説をしてくれるので、千利休や戦国大名三好氏を始めとする多くの歴史上の人物に縁のある遺物のある名刹を堪能できる。

中でも、面白いのは境内にある徳川家康の「墓」。日光東照宮に祀られているはずの家康の墓がなぜここにあるかというと、実は家康は大阪夏の陣で討ち死にしており、その墓がここに建てられたという伝説があるそうだ。その証拠に塀の瓦には葵の御紋が入り、二代将軍秀忠、三代将軍家光が立て続けに南宗寺を訪れている記録が残っている。江戸時代、幕府の堺代官は着任すると必ず南宗寺に参り、その際だけ開けられる門がある。しかも境内には「東照宮」があったとのこと。それらしい逸話がいくつもあって、ひょっとしたら大阪の陣の後に駿府に隠居し、天ぷらを食べて無くなったと伝わる家康は影武者であったのか、と思わせる。

太平洋戦争の空襲で消失した「東照宮」の跡に立つ墓碑の建立には、松下幸之助も協力したとのことで、墓の裏に名前が残る。同じく名前を記された三木啓次郎は水戸光圀に仕えていた水戸家家老の子孫で、幸之助氏がヤクザに絡まれた際に助けたことから親交があり、松下電器産業・松下電工(現パナソニック)がナショナル劇場で水戸黄門をスポンサーしたことに繋がっていくという、そんなガイドさんの話も面白かった。

181006_145348見どころ満載の南宗寺で、ほぼ1時間滞在。今回は2時間の散走という設定なので、急ぎ足で先に進む。参加者が興味を示していたくるみ餅の有名店「かん袋」も、和菓子はテーマ外なので残念ながら素通り。

181006_150102班のテーマである「洋菓子」の名店、ケーキ工房 FUさんにやって来た。フェニックス通り(中央環状線/国道26号線)の側道に面したこのお店の所在地には、かつて変形学生服の販売店があり、ヤンチャな兄ちゃんたちが出入りしていたそうだ。地元出身のN島さんの情報が、参加者にウケていた。

181006_150258以前訪れた際には「丸ごと桃のタルト」が絶品だったが、これは当然季節限定。今回は慎ましく、塩キャラメルシュークリームを頂いた。表面の塩気がカスタードクリームの甘みを引き立てて、美味。

181006_151532小腹を埋めた後は、山之口商店街を抜けて開口神社へ。ここも鉄板の堺名所だ。

安産と厄除けで知られるこの神社は「あぐち」神社と読む。リーダーN島さんによると、海に向かって開けた口だからという説が有力だが、他にも説はあるそうだ。

181006_151732三国丘高校(かつては男子校)と泉陽高校(かつては女子校)という地域ワン・ツーの公立校の発祥の地であり、堺の幼稚園教育の始まりの地でもある。それぞれを記念する碑が立っているが、それ以外にも多くの末社や歌碑、記念碑が立ち並んでいる。

181006_151822最も新しい碑が2016年に建立された与謝野晶子歌碑。社務所で授与されている「晶子恋歌みくじ」を結ぶ、ハート型の木枠が後ろに設けられている。

181006_152004各地に被害を残した台風21号は、開口神社の木々を何本もへし折っていた。痛々しい限りだ。

181006_153130残り40分ほどなので、急ぎ足で北上し、本願寺堺別院へ。堺市に現存する最大の木造建築とのことで、近づくにつれて北の御坊と呼ばれる本堂の威容に圧倒される。

実はここをちゃんと訪問するのは、初めて。堺にもまだまだ訪れていないスポットがある。

181006_153312仁王こそいないが山門も立派で、かつては堺県庁が置かれたこともある境内はかなり広い。本堂前には親鸞と蓮如の巨大な像が向かい合い、仁王の代わりに悪心を持つ者を威圧するようだ。

境内を出るころには残り20分。残念ながら、もうひとつ洋菓子ポイントに立ち寄るのは厳しい時間となった。寄り道しなければ慌てなくても戻れるので、市役所への帰路に着いた。

181006_155136残り10分を切ったところで堺市役所に帰着。パンクや転倒などのトラブルもなく、無事に散走体験を終えることができた。

181006_164512会議室に戻って散走の「振り返り」を行った。

1.コースについて
2.自分が次に堺を巡るなら
3.SAKAI散走の情報発信

というお題を与えられ、班ごとに模造紙に付箋い意見を書いて張り出していく。我々の班にはこの手のまとめに手慣れた方がいて、次々と記入してまとめていく。

コースについては、最初の南宗寺で時間を使ったせいで、後が急ぎ足になった。結果として、「時間があれば寄りたい」という希望が出ていたポイントに寄る余裕もなかった。とは言え、南宗寺の内容は濃いものだったし、最初だったことから後のポイントで調整できた。何より、こうした臨機応変の対応が、ネット上の情報を調べるのとは違う、実際に現地を回る散走の醍醐味だと思う。というのが私の意見。異なる意見もあったが、今日の散走が失敗だったという参加者はいなかった。やむなく歩道走行した際に車道寄りを走れなかったことに対して、もっと良い方法がないかという問いかけはあった。

自分が次に堺を巡るなら、私は歴史をたどる旧市街巡りも面白いが、もう少し自転車を軽快に走らせられる郊外も巡ってみたいと思う。私の済む深井やそれより南の中区や南区は、元々「堺市」ではなかった地域だが、泉北の丘陵地帯には車が少なく良い景色のルートや、歴史ある寺社仏閣が散在している。ちょっとした坂はあるが、ママチャリでも巡れる散走ルートは作れるだろう。また、折りたたみ自転車メーカーの人間としては、それを活かした散走も立案したい。具体的にはチンチン電車で移動して降りた先で自転車に乗る散走や、以前N島さんが企画してくれたような最後に飲酒する散走だ(帰路は折りたたんで公共交通機関で帰宅)。もちろん、私以外の方々も、色々なプランを膨らませていた。

181006_165353SAKAI散走の情報発信については、単にSNSを使うというのは私自身を含め、すでに行っていること。それでもまだまだ認知度が低いので、面白い方法がないかという問いかけだった。私自身も好きな方法ではないが、見目麗しい女性の力を借りると一気にアクセス数が増えるのが現実という意見を出した。「散走ガール」なんて声も出た。認知度を高めるという意味では効果はあると思うが、活動の意義がちゃんと伝わるのかという懸念や、恐らくは費用的負担が大きくなるという問題もあるだろう。その他には女性目線の活動の必要性や、コスプレ走行など、アピールのためのお祭りを開催する意見も飛び出した。収益が上がる活動ではなく、有志のボランティア主体で支えているだけに、費用面や誰が主体となって運営するかという問題はつきまとう。とは言え、何かできることもあるだろう。

181006_170456まとめた各班の意見を発表して、SAKAI散走アンバサダー養成講座は午後の部も無事に終了。午前と午後の両方の講座を修了した参加者には修了証のシルバーカードが渡された。知識だけでなく、実践を担う資格を得たということだろう。

午前中の座学後に配られたブルーカードと似ているが、実は「茶」以外別のデザインとなっている。

181006_181335午前の部、午後の部を終えて、希望者はさらに夜の部(懇親会)に参加した。レンタルスペースを借り、各自堺東の横丁(ガシ横)の飲食店でテイクアウトして持ち寄った。

堺東に20年近く通った私も特に認識していなかったが、案内パンフレットによると「堺東の商店街は市場として始まったから、専門店やテイクアウトできる店が多い」とのこと。

懇親会は当初は市役所前の広場で開催されるはずだったイベントを利用するつもりだったが、台風接近で中止になったため急遽こうした形式になったとのこと。テイクアウトの持ち寄りというのも、意外性があって面白かった。

お酒が入っても散走のあり方について熱い議論が続き、まさにSAKAI散走アンバサダー養成講座「夜の部」だった。活動当初から頑張ってきている方々の苦労を伺いつつ、私もずいぶん語らせてもらったが、余裕のあるときにしか参加しない人間がおこがましいことだった。

仕事も私事もなかなか余裕がないが、これからできる範囲で自転車と堺の魅力を伝える散走活動に努めていくつもりだ。その中でCARACLEシリーズを活かせれば、商売にも繋がるのでもっと積極的に協力できるだろう。この活動が根付き、発展していくことを強く願う。

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