『2008乗鞍』参戦記
2008.09.21更新
■雑誌掲載■
雑誌『バイシクルクラブ』10月号
2005年、2007年に続いて雑誌に掲載されました
■フォトギャラリー■
Yahoo!フォト『乗鞍2008』
自分で撮影した画像です。今回も、Yahoo!フォトを使用してます。
『オールスポーツコミュニティ』 (掲載期限:2008年10月01日まで)
大会公認(その1)。私自身はNo.157-208490、No.157-208491、No.157-208492などで発見。
『デジタル・サンギャラリー』 (掲載期限:新規画像のアップに伴い順次削除)
大会公認(その2)。私自身の掲載は見つけられませんでした。
『信州ふぉとふぉと館』 (掲載期限:不明ですが、1年以上?)
販売サイトではありませんが、毎年たくさん撮影されてます。私自身はOの4ページ目1475、5ページ目1476,1477に掲載いただきました。
■『乗鞍』公式記録■
『第23回全日本マウンテンサイクリングin乗鞍』大会リザルト 公式記録
私は「男子D」ゼッケンNo.1692でした。
■お仲間リンク■
『ハッスルチャレンジ』 東京理科大サイクリング部OB「ハッスルHK」くんのトレーニング日記
ほぼ毎日ジム通いを続けている、ハッスルHKくん。今年は2分近く短縮して1時間16分32秒をたたき出しました。同じ寿屋さんに宿泊する、お仲間です。
『坂を駆け登ること、風の如く』 日大農獣医学部サイクリング部OB「norikura1059」くんのトレーニング日記
山梨転勤以来、恵まれた環境を活かして、通勤ランでもトレーニングを重ねているnorikura1059くん。今年はチャンピオンクラスに参戦した強者です。同じ寿屋さんに宿泊する、お仲間です。
『むらよし裏日記』 筑波大サイクリング部のOBむらよし氏のブログ
ランドナーでチャンピオンクラス並みのタイムをたたき出す豪の者むらよし氏。しかも今年はママチャリのホイールで1時間18分(^^;。ブログの文章も軽快で面白く、私とはえらい違い。
■参加レポート■
今年は本当に8月の最後の最後、8/30-8/31に開催された『全日本マウンテンサイクリングin乗鞍』。翌日には子供らの小学校や幼稚園も始まるというタイトな日程だったが、今回も家族を引き連れて乗鞍に遠征した。
8/30AM4:45頃、大阪府堺市の自宅を出発。往路の経路は、西名阪道藤井寺IC-名阪国道-東名阪-名古屋高速-中央道恵那ICと高速道路(名阪国道は一般道)を通って木曽路に入り、R19-県道26号-R158-県道84号という経路で乗鞍入り。
始めてのルートだったが、朝早く出発したことと、夏休み最後のせいか交通量が少なく、休憩の多い子供連れにも関わらずスムーズに乗鞍入りできた(と言っても約7時間かかったが・・・)。道中の天気はほとんど雨で、ひたすら走るしかなかったこともあるが・・・。30日は受付だけだが、三重県内で凄まじい豪雨に遭い、明日が思いやられる展開だった。
乗鞍到着がちょうど昼時だったため、お腹がすいたとウルサい子供らを黙らせるためにまずは手近なお店で昼食。そうこうしているうちに携帯電話が鳴り、仲間のM輪から「いまどこだ?」との連絡。チームエントリーなので、受付前に受付書類を受け渡しする必要があったが、ほとんどのメンバーが揃ったようなので一緒に受け付けしようということになった。スタート地点である乗鞍高原温泉観光センター前の駐車場へ直行し、ちょっと疲れ気味のヨメさんと子供は宿に向かわせた。
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乗鞍に着いてからも雨は降り続いている。受付会場には出店が並んでいるが、サガミサイクルセンターなどのテントがなく、例年より規模が小さいようだった。傘をさしながらだとテントを覗くのも一苦労だ。13:30頃、大学サイクリング部時代の旧友を中心とする関東方面からの仲間と合流して書類を受け取り、誓約書などに記入&捺印(このために仲間は各自印鑑を持参した)をして受付に並ぶ。雨の中では受付から阪神ルックにする気がせず、センサーチェックのために自転車を持ち出す気も起きなかった。すっかり一般人の格好で受付を終えた。
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今年の参加記念品はフェイスタオルだった。昨年のサコッシュもどきよりは、使えるだけまだマシ。雨とあって自転車を持って来ている人はほとんどなく、ごく少数の自走乗鞍入り参加者がちらほら見受けられるだけだった。センサーチェックをしている人も見当たらない、と思っていたら後で聞いたところでは、雨のせいか主催者がセンサーチェックを取りやめたそうだ。
車をヨメさんに預けたので、M輪の車に便乗して「チーム寿」の由来にもなっている寿屋に入り、自転車を組み上げた。今回はnorikura1059さんに頂いた決戦用ホイール(MAVIC GEL280+TUFO S3 Lite)を装着しての参戦。替タイヤも持たず、工具もアーレンキーセット以外持たずに走るつもりだ。天気さえよければマッドガードも外すつもりだったが、この雨なので、取りあえずはつけたまま。
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ここ数年、受け狙いの装備(ハッピ、旗、スピーカー)のために、重量が増え気味だった愛車、猛虎参號だが、今年はなりふり構わぬ軽量化に走った。ただでさえ30代も後半になると、同じようなトレーニングをするだけではタイムが思うように伸びない。そこへ持ってきて腰痛を患ってしまい、筋力強化もままならない。せめて、余りにも腑甲斐なかった昨年の記録を越えるために、機材に頼ることもよしとしよう。
自転車を組んだり、ゼッケンをウェアに付けたりといった準備をしているうちに、乗鞍に前日入りしていたN田さんとK原さんが宿に到着。K原さんは、野球の試合でホームインした際に靭帯を痛め、左足首を包帯でグルグル巻き。医者から足に力がかかることを止められていたはずだが、なぜか今日は自転車で上高地まで上って来たとのこと(^^;。イイノカナ・・・。
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そうこうするうちに宴会が始まった。雨で他にすることがないとは言え、時間はまだ16時頃・・・。話題は当然明日の天候。回復するのか、それとも雨が降り続くのか? 少々の雨なら決行だが、ひどい荒天なら5年前のように中止もありうる。「雨男」を自認する私だが、もちろん雨中走行が好きなわけではない。「晴れ女」のヨメさんがくるようになった過去3年間は雨に降られずに済んでいたが、今回はさすがに危ない。
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「中止にするなら前日に決めて欲しいよな、それなら心置きなく呑めるのに」とのセリフに同意しながら、適当にセーブをしつつも昔話や近況に花が咲く。30代後半〜40代が中心で、年齢的に仕事が忙しいメンバーも多いのだが、毎年乗鞍だけはガンバって都合している人が多い。
「オレなんかお客さんに謝りに行く仕事があったけど、関係ない人に押しつけてきた」
「大丈夫なんですか?」
「ちゃんと根回ししてあるもん」
「?」
「『8月最後の土日は休むって、前から行ってるでしょ!(怒)』って」
「それって単なる逆切れじゃないですか」
なんて爆笑トークも・・・。
夕食で中断したあとも、また宴会。それでも天気予報では中止にまではなりそうにないので、21:00頃には宴会はお開きに。皆、明日の天候回復を祈って床についた。
8/31(日)はAM4:00起床。いよいよ乗鞍の本番だ。2階の家族部屋から、大部屋のある1階に降りていくと、すでに起きている仲間がいた。
「天気どう?」
「行けそうですよ。星、出てます」
少なくとも、今は雨は降っていないし雲の切れ間もあるようだ。昨夜は寝汗がひどく途中で着替えたり、何度も尿意に目が覚めたりと寝不足気味だが、そう悪い体調ではない。取りあえず寝汗の分、麦茶をがぶ飲みして水分補給したら、お腹が動き出したので軽量化(トイレ)。着替えやヒザのテーピング、ドリンク(ヴァーム)の準備などをして、5:00から朝食。
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和食ということもあり、食べすぎると走行中に苦しくなるので、ご飯は茶碗に7分目ほど。天候が回復に仲間の意気も上がっている。食後、明るくなった外に出てみると、雲は多めだが、乗鞍岳も山頂付近に少し雲がかかっているがはっきり見える。気温も寒いほどだった昨日のことを思えばかなり上がっている。この調子で天候が持ってくれれば言うこと無しだ。
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出走前に、タイヤの空気圧を調整。試走でTUFO S3 Liteは10気圧でも柔らかめだったので、12気圧に上げようとしたが、手持ちのポンプのエアゲージの目盛りは11気圧まで。目盛りを振りきって、この辺だろうというところまで注入した。走り出した後で感じたが、(約)12気圧でも、昨年まで使用していたPanaracerやIRCのクリンチャー決戦タイヤより、クッション性の高い乗り心地だ。未体験の高気圧なので躊躇してしまうが、MAX15気圧対応のタイヤなので、決戦用ならもう一段気圧を上げてもよさそうだ。
空を見上げていると徐々に晴れ間が増えているようだ。天気予報でも昼までは回復傾向とのこと。よしこれなら、とツーリストの証であるマッドガードも外すことにした。これでツーリストらしいところは革サドルだけになってしまった。なりふり構わぬ軽量化(ただし低予算)が少しでも良い結果につながって欲しい。
猛虎旗の覆いを外し、ステムにスピーカー&MP3プレーヤーを装着し、タイガースハッピを羽織って準備完了。6時過ぎに番所の宿を出発。今年は私を含め、仲間のほとんどが自走でスタート地点に登ることになった。昨年までは、本番前にいきなり10%の登り坂が立ちはだかる道を、標高差200mも登ることに躊躇していた。しかし、毎年乗鞍では脇腹痛に悩まされることもあって、アップがてら身体を動かしておこうと思ったのだ。
他の自走メンバーについていくと、恐れていた県道84号線直登ではなく、いがやスキー場内の道を迂回して登ることになった。傾斜もさほどではなく、車もほとんどいないので思ったより走りやすい。ところが、周りの仲間と比べて、私の呼吸がかなり早くなっている。
血中ヘモグロビン値がかなり低く、高標高の低酸素に弱いことは自覚しているが、スタート地点まで登っても標高はまだ1400mくらい。平地とそんなに差があるとも思えないのだが・・・。お腹を腰痛サポーターで締め上げているのも理由かもしれないが、いささか不安になる。
6:30前頃、スタート地点に到着。すでに人と自転車があふれ、今年も3000人を遙かに超える坂バカがこの一ヶ所に集まって来ている。仲間と合流したり、下り用の防寒具などを詰めた荷物を運搬バスに預けたりしているうちに出遅れ、今年はグループのかなり後方に並ぶことになった。参加者の多い36〜40歳の部(男子D)は2グループに分かれているが、それでも下手をすれば先頭よりスタートが数十秒遅れてしまう。
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スタート地点で約1時間半待機することになるが、幸いなことに防寒着が必要なほどではない。とは言え、昨日が寒かったので、長袖ジャージやロングタイツを着ている人もおり、参加者の格好がバラバラ(私はハッピ着てるし・・・)。
今年は開会式もシンプルな感じで、ゴール地点の中継をしていた大型ビジョンもなくなった。毎年インタビューを受けていた身としては少し残念だが、そんなところは本来自転車レースとしてあまり重要なところではない。大多数の参加者にとっては、誘導や安全確保など、走りやすい環境作りの方が大事だろう。
スタートを待ちながらふと気付くと、足首の靭帯を痛めているK原さんは左足にラバーサンダルを履いている。聞くと、包帯等で足首を固めているので普通の靴が入らないそうだ。ってえことは、昨日はそれで雨の中上高地まで登ってきたんですか? で、今日は標高差1260mを、それで登るんですか? タフだ、この人・・・。
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いよいよスタートが迫り、前グループの後について、スタートライン後方へ。前のグループが2分前にスタート。ハートレートモニターをリセット、車載スピーカーのスイッチを入れ、MP3プレーヤーの準備。そしていよいよAM8:02、我々「男子D(2)」スタート。
案の定、スタートラインを越えるまでに約20秒かかってしまった。これは惜しい。スタートと同時にMP3プレーヤーの再生ボタンを押し、六甲颪を流し始めたが、スタート直後は会場のスピーカーの音量が大きくて、周囲にはほとんど聞こえていないだろう。
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スタートから50mほど先でヨメさんと子供らが応援してくれていた。娘の「お父さんガンバレ!」の声援は何よりの励みだったが、後で写真を見ると、娘は私が過ぎるとすぐに、自分を撮影してもらうためにカメラの方を向いていた・・・。
序盤は沿道からの声援も多く、あちらこちらから「阪神ガンバレ!」「タイガース、ガンバレ!」と声がかかる。私の格好を見て目を丸くしている人もいる。これが快感なのだ。
走りの方は、スタート直後は身体の調子を確かめるように抑えて走り、徐々にペースを上げていった。プライドを捨てた軽量化の甲斐あってか、思ったより軽快に走れる。
残念だったのはハートレートモニターがまともに動作しないこと。どうやらホイールマグネットがずれてしまったらしく、時速などの走行データを計測できない。時々、思い出したように動いては沈黙(Pause状態)。心拍数は表示されているが、ターゲットゾーン(本番では165-178に設定)から外れても、耳での確認はできない。タイムロスが惜しいし、ペースが乱れるので停車してマグネットを調整するのは諦めた。
お蔭で、逆に開き直ったというか、身体と対話しながらのペース作りに専念できたかもしれない。当初はハートレートモニターを活用して身体への負荷を一定にすることを考えていたが、スタート前の自走ですでに息が上る体験をして方針変更。少しでも空気の濃い前半に少しでもペースを上げることにした。
とは言え速度がわからないので、正直なところ自分がどの程度のペースで走っているのよくわからない。あまりにひどかった昨年よりは、ましなペースだと思うが、第1チェックポイントの時点で、すでに脚にかなり疲労がたまっていた。息もかなり荒い。「去年ほどやないけど、調子悪いなあ」と思いながら給水所を通過。ちなみに、ペースを乱したり、接触などのトラブルの多いので給水所はできるだけ使わない。今年も大サイズボトルに薄く溶いたヴァームを入れている。
徐々にきつい傾斜が現れ、ギアはしばしばフルインナーに突入。前26×後24Tの反則ギアだが、腰痛で強く踏み込めない私にはこれでもキツい。「中間点」の看板を見たときには、苦しさに「まだ半分かいな。ペース落とさんと保たんかな?」との思いもよぎった。
ところが、どうも様子が変だ。毎年タイガースはっぴを羽織り、六甲颪を流しながらという参戦に憶えてくれている参加者も多いが、「今年は早いね。前はもっと下で抜いたのに」とか、「やばい、もう追いつかれた。今年速くないですか? オレが遅いのかなあ」だの、私をペースの目安にしていた何人もの参加者から驚きの声が掛かるのだ。
どうやら自分で思うよりも、結構いいペースで登っているようだ。とは言え、どの程度かはよく分からない。ペースを乱さないように、あえて腕時計も見ないようにした。とにかく、自分の身体と相談しながらベストを尽くすだけだ。
目立つ格好なので、私も声を掛けられることが多いが、今年も出会った同好の士。前方にママチャリに乗った横しまの帽子とシャツを発見。ママチャリなのに、なかなか追いつけない。普通のロードバイクなら相当速いだろう。ようやく追いついて「今年は囚人ルックですか?」と声を掛けると、「『ウォーリーをさがせ!』です(苦笑い)」との返事。・・・失礼しました。しばしエールを交わして先行した。
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ややオーバーペース気味に登ってきたが、後半になるとさすがに身体に疲れがたまってくる。何より呼吸が苦しい。コース中最も傾斜のきつい、冷泉小屋近辺のつづら折りにかかると、徐々にペースが落ち始めた。傾斜が少しゆるくなったところで気合いを入れてみたが、いつもの脇腹のけいれんの兆しを感じた。慌ててペースを落とし、呼吸を整える。
大阪近辺で何度峠を登っても、脇腹痛に襲われることはない。なぜか、乗鞍を登るときだけ起きる謎のけいれんで、入念な脇腹のストレッチや、朝の自走によるアップも効果がなかったようだ。大阪近辺では、こんなに長時間登り続けるコースがない、ということもあるかもしれないが、高標高地の酸素不足で呼吸が荒くなるのが大きな原因ではないかと想像している。こればっかりは、低山ばかりの関西では鍛えようがない。
脇腹を意識しながら、だましだまし登り続けて、ようやく第2チェックポイント位ヶ原山荘。ここの給水所も素通り。ここからは傾斜は少し楽になり、森林限界を超えて高木の姿がなくなり、景色が開けてくる。しかし、酸素は平地の3/4くらいになって、血中ヘモグロビン値の低い私には急傾斜より過酷な環境だ
前半飛ばしてきたせいか、この時点で相当に消耗していた。ゴールが近づいてくると、雑誌記者や画像販売業者、はては自転車好きのアマチュアなど、カメラマンがあちこちで待ちかまえている。例年ならその度に笑顔でポーズというところだが、今年は下を向いたまま必死で走っていたので、直前まで気付かないことが何度もあった。
あとでオール・スポーツ・コミュニティの掲載画像を見たら、やっぱり下向いてた。
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信州ふぉとふぉと館のカメラには何とか笑顔で。
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いよいよゴール間際になり、気がせいてくる。ついペースが上がりがちになり、呼吸が乱れがちに。残り2km位の地点で、ついに脇腹痛が襲ってきた。しかめっ面で、時々脇腹を抑えながらも必死でゴールを目指す。よほど痛々しい姿だったのか、すでにゴールして下山を始めている参加者たちが、次々と「阪神ガンバレ」「タイガース、ガンバレ」と声を掛けてくれる。残念ながら、とても応える余裕がない。恐らく鬼気迫る形相でゴールに向かっていただろう。
しかし、走り続けてさえいればゴールは、やってくる。最後の力を振り絞るようにゴールラインを通過! 次の瞬間、スタート後はじめて腕時計を見た。「09:34」。
えーと、確か8:02スタートだから、えーと・・・頭がもうろうとして、こんな簡単な計算がなかなかできない。え、1時間32分? いや計算間違いだろう。3年前のベストタイムでも1h35m15s。腰痛を患っている今、そんなタイムが出せるわけが・・・。呼吸が落ち着いて、しだいにはっきりしてくる頭で、何度計算しても1時間32分だ。
腰痛を患った昨年は過去最悪の1h45m30s。今年はこれを上回ろうと、色んな努力をしてきた。腰痛を克服しようと、毎日背筋と腹筋の筋トレ&ストレッチを続け、冬場は自転車を封印してランニングに取り組んだ。減量は諦め、ヘモグロビン(=赤血球)の材料である鉄分を多く含む肉類の摂取に勤めた。自転車のトレーニングも距離を走ることより、アタック強度を上げる短時間トレーニングに力を入れた。そしてnorikura1059さんから譲ってもらった決戦ホイール、マッドガードを外し、工具・予備パーツを持たないという、ツーリストのプライドをかなぐり捨てた軽量化。
そう、そんな努力は確かにしてきた。でもその一方で、時間的に腹筋・背筋以外の筋トレは諦めざるを得ず、体重も例年より3〜4kg増。自転車トレーニングの距離は例年よりかなり短いはずだ。そして、しばしば腰痛の悪化でトレーニングを中断した。その上、結局腰痛が大して改善することもなく今年の大会を迎えることになった。自分では、決して調子がよいとは思っていなかったのだ。
自分でもまだ半信半疑だったが、ゼッケンに記入されたスタート時間は確かに8:02。腕時計もほぼ正確なようだ。どうやら本当に自己ベストを約3分更新したらしい、と思い始めたときに、先にゴールしていたハッスルHKさんに声を掛けられ、norikura1059さんらと合流。決戦ホイールのお礼を言って3人でガッツポーズで記念撮影。
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ゴール後は例年になく疲れきっていたが、それだけ力を使いきって完全燃焼したということだろう。後になってみれば、ハートレートモニターの不調でオーバーペースを恐れず前半に飛ばしたのが、結果的によかったのかもしれない。
ゴール地点の畳平は、一瞬小雨もぱらついたが晴れ間も多いまずまずの天候。穂高連峰もそこそこ拝める。昨年よりはかなり気温が低いが、預け荷物から取り出したレインウェアを羽織れば凍えるほどのことはなかった。
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そうこうするうちに、仲間達が続々とゴールしてくる。記録の伸びた人も、落ちた人もいるが、ゴール後はみな笑顔だ。靭帯を痛めてL型固定具&包帯で足首をグルグル巻きのK原さんは、靴が履けずにラバーサンダルで登ったにも関わらず自己ベストを更新するタイムでゴール。今年はMTBのブロックタイヤから1.5インチ幅のオンロードタイヤに履き替えているとは言え、とんでもない人だ。足首をできるだけ90度に固定してこぐのが現在主流のペダリング方法なので、包帯で固めてかえって良かったのかも・・・。
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ゴール地点で会ったもう一人の同好の士。セーラー服も愛らしい、男性(^^;。
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全員がゴールして一段落したので11時過ぎに下山開始。約20kmのロングダウンヒルだ。パンクを防ぎ、グリップ力を高めるため少しタイヤの空気を抜いたが、決戦用タイヤでは怖々下ることになる。
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下りはじめてすぐの駐車場で同宿の仲間たちと一度集合し、大雪渓をバックに記念撮影。そこで自転車雑誌バイシクルクラブの取材を受けた。ゴール地点の中継もなくなり、受付日は雨だったので、今回は初めて(にして最後)のマスコミ取材。虎ルックとサンツアーパーツの自転車が注目されていた。腰痛もネタにしたので、さて来月の発売が楽しみだ。
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その後はスタート地点まで延々と下るが、途中で救急車が上がってきてみんな一時停車。誰か事故を起こしたのだろうか? 仲間やないかと心配したが、幸い全員無事だった。ヒルクライムレースは比較的安全な競技で、登りで事故はまず起きない。むしろ競技後の下りの方が危険だ。主催者側も口を酸っぱくして安全走行を呼びかけているが、ムチャをする人もいて、たびたび事故は起きるようだ。
約1時間の下りを終えてスタート地点に戻ってきたのは12:00ちょうど。タイム計測用センサーを返し、もう一度記念撮影をして宿までもうひと下り。宿に戻って温泉に入ると、身体のあちこちが痛むことに気づいた。やはり今日は頑張ったということだろう。
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知り合いの表彰式を見に行っている仲間もいて、全員揃うのに時間がかかりそうだった。これから大阪まで長丁場の上、私の仕事だけでなく、子供らも明日から学校や幼稚園がある。申し訳ないがウチの家族だけ、先に昼ご飯をいただいて失礼することにした。
まだ宿に残っているメンバーに見送られて宿を出、最後にスタート地点(表彰会場)に上がった。norikura1059さんに、一言決戦ホイールのお礼を言うためだったが、彼を探すうちに今日の記録が張り出されていることに気が付いた。今回は自分でも信じ難い記録だったので、念のため自分の記録を確認すると1:32:22とのこと。
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間違いなく記録更新だ。
確実な記録を見て、あらためて感無量の思いに浸った。その後探し当てたnorikura1059さんには改めて実感のこもったお礼の言葉を述べ、14:00頃乗鞍を後にした。
帰路は少しでも早く帰阪するために高山に抜け、東海北陸道で名古屋に向かったが、堺の我が家にたどり着いたのは21:00前。結局、往路と同じ約7時間を要した。帰路は時間帯からして交通量が多かったこともあるが、中央道とそれほど差がなかった。高速料金の節約のためにも、来年は往復共に中央道ということになるかもしれない。
自分では全く予想外の好記録を出すことができた今年の乗鞍。今年の記録を更新するためには、今年以上の努力が必要になるので、正直気が重いくらいだが、自分への挑戦は来年も続けていくつもりだ。
今年は自分の中のタブーを破って自転車の大幅な軽量化をした。
自転車を乗り換えれば大幅に軽くなることはわかっているが、猛虎参號への愛着もあるし、自転車の軽量化で早くなっても、それは自分が早くなったわけではない。同じ自転車で早くなってこそ、自分への挑戦という気持ちで頑張ってきた。
しかし、ここ2年連続でタイムダウン。何とかしたいと言う思いは強いが、腰痛を患って、強度の高いトレーニングをすることもできない。もちろんトレーニング方法も色々と工夫したのだが、それでタイムアップできるとは思えなかった。
norikura1059さんの決戦ホイール譲渡の申し出もあって、とにかく腑甲斐ない記録を一度返上しようと、今年は軽量化を解禁した。結果として、いい記録を出ると、やはり素直に嬉しい。この調子なら、自転車を乗り換えれば1時間30分切りも夢ではないかもしれないと欲目も出てくる。
金銭的な問題もあってすぐに新車導入とはいかないだろうが、1992年製の猛虎参號もすでに16年選手。そろそろ寿命が来ても不思議はない。そろそろ後継の相棒を考える時期が来ているのは確かだろう。
相棒のこれから、も考えなくてはいけないが、トレーニングということでは特にシーズンオフには、自転車ライドだけでなく、ランニング、水泳、山歩きなどの全身運動を組み合わせて行くつもりだ。これは腰痛克服のためにバランスの取れた身体を作っていくということ。
それと純粋に腰痛の治療ということも新しいことを何か始めたいと思っている。筋トレ(腰痛体操)はもちろん続けるが、あらためて病院や整骨院、カイロプラクティスなどに通ったり、ヨガやピラティスを始めるのも方法だろう。金銭的、時間的な問題があって、安易に何でも試すというわけ行かないが、何か初めて見ないと進展がない。
まだ、具体的なプランができているわけでもないが、現時点では来年に向けてじっくり考えていこう。
話はがらっと変わり、思いっ切り余談。
自他ともに「雨男」と呼ばれて久しい私だが、乗鞍本番はほぼ晴れた。ヨメさんも「晴れ女」だが、他の参加者の中にも私を上回るパワーを持った「晴れ男(晴れ女)」がいたに違いない。
その分、抑圧された私の雨パワーが爆発したのか、9/5(金)に堺で雨が降った。ただの雨ではなく、会社周辺で凄まじい集中豪雨。
「大変です! 会社の前の道路が川になってます」との同僚の声に「大げさな」と思いながら1階に降りてみると、ホントに川になってました(^^;。
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すでに、会社が浸水しかねない水かさだったので、入口を封鎖して、床に直置きしてある荷物を高いところに移し始めました。やがて1階(土間)に水が侵入。腰痛持ちなのに、裸足になって、水に足を漬けながら、荷物を運び続けることになりました。幸い、前の道路より1段高いところにあるので、社内水位は10cm足らずで済み、商品や備品に被害はありませんでした。
そんな雨も2時間ほどで止み、あとは晴れ間も見える天気に・・・。雨がやむとすぐに水が引き始めましたが、後の掃除が大変でした。ご近所も、もう笑うしかないといった様子で、後始末。
ようやく片付けが一段落した頃に、ヨメさんから大丈夫かとの連絡。あとで聞いたところではニュースに水没するわが社屋が映ってたそうです・・・。どうやら、堺でも私の会社周辺だけが浸水したようです。
やっぱり私のせいでしょうか?
■今年の走行記録(自転車)→センサー不調により記録なし
平均心拍数:???
最大心拍数:???
心拍数ターゲットゾーン:165-178
ターゲットゾーン内時間:?:??:??
ターゲットゾーン以上時間:?:??:??
ターゲットゾーン以下時間:?:??:??
消費カロリー:????kcal
走行距離:??.?km
平均速度:??.?km/h
最高速度:??.?km/h
平均ケイデンス: ??
最大ケイデンス:???
走行時間:1:32:22
に近況を随時掲載中。
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